「チョヌン タカマツラゴ ハムニダ…」

 これは、私が妻と結婚の許しをもらいに初めて妻の両親に挨拶した時の出だしの言葉だ。

 私の妻ひかりは、来日して20年ほど経っているので普通に話していれば全然わからないのだが、朝鮮をルーツにもつ中国人、朝鮮民族という民族出身である。家の中では韓国語で話をし、一歩外に出れば中国語を話すという特殊な環境で育った。島国日本からしたら考えられないが、大陸である中国ではあり得る話だ。

 その両親への挨拶を日本語でするわけにもいかず、自分の言いたいことをひかりに翻訳してもらい何度も何度も反復練習をした。今までに同じ言葉をこれほどまでに何度も反復したことがあっただろうか。「チョヌン タカマツラゴ ハムニダ何回言ったか選手権」があれば、確実に優勝している。ギネスの審査員にお願いして、申請すればよかったと猛烈に後悔をしている。

 そこまでして望んだ本番のことは、正直ほとんど覚えていない。唯一覚えているのは、これから大事な娘に大変な思いをさせるであろう小太りの日本人を目の前にして泣いているひかりの母の姿と、ギネス新記録を樹立できるくらい練習をしたあの「チョヌン タカマツラゴ ハムニダ」の言葉が全く出てこなかったことだけだ。

 初めて恋人の両親に結婚の挨拶をしに、初めて足を踏み入れる韓国で、初めて誰かに韓国語を話すのだ。37年間の人生で、後にも先にもこれほどまでの緊張を経験したことがない。むしろ、その場から逃げなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。アトランタオリンピックで有森裕子が言った「初めて自分で自分を褒めたいと思います」と同じくらい自分を褒めてやりたい。

 ただし、有森裕子と私には決定的な違いがある。それは「本番に弱い」という点だ。ここが凡人とアスリートの違いなのである。

 振り返ってみると、いつも私は本番で失敗してきた。

 小学校時代、剣道の団体戦で大将をしていた私は、決勝戦の2対2で迎えた大将戦、普段練習で勝っていた相手にいとも簡単に負けてしまうということを幾度となく経験した。

 また、私たちの結婚式では、新郎の挨拶を「その場の空気を大切にしたいから」とカンペなしで迎えたものの、その場に立ったら、「日本語忘れたんか?」というくらい言葉が何も出てこず、人生で1度きりの大切な結婚式の最後の最後を大変な空気にしてしまった経験もそれに当たる。

 こんな風に、私の人生の中で本番での失敗をあげればキリがない。その時は絶望の淵に立たされるほど落ち込み、未だに農作業中にふとその数々の失敗を思い出してはガックリと肩を落とすことがある。

 しかし、今こうして文章を書くことによって、今までの忌々しい失敗の数々を浄化しようとしているのだ。

 私の人生は失敗の連続だった。しかし、この失敗でひとりでも笑ってくれる方がいるのなら、私の人生は成功なのである。

 もし、それができたと自分で思った時はこう言おう。

「初めて自分で自分を褒めたいと思います。」