「やりたくないことはやらないだけなんです。」

 もう何度観たかわからない、大好きな映画「かもめ食堂」に出てくるセリフだ。なんてことはない場面の、なんてことはない言葉が自分の座右の銘となっている。

 『かもめ食堂』とは、フィンランドで食堂をやっている日本人のサチエ、「ガッチャマンの歌」をきっかけにたまたま出会ったミドリ、そしてたまたま店に訪れた謎の女マサコの3人が、かめも食堂を軸にして繰り広げられるゆったりとした映画だ。

 冒頭のセリフはある時、そんなサチエとマサコの会話の中から出てきた。

マサコ「やりたいことをやってて良いわね」
サチエ「やりたくないことはやらないだけなんです」

 人生で大きな決断をする時には、いつもこの言葉が胸にあった。

 農業を始めてからなかなか収入が得られない不安な時期に、息子が生まれてきてくれた。息子を妊娠する前も、夫婦2人で誰よりも早い時間から、誰よりも遅い時間まで畑にいて、それでも仕事が間に合わないくらい日々の仕事に追われていた。

 妻と子どもを産むことを決意し、妻の妊娠がわかってからは私ひとりでの農作業。今までも間に合わなかった仕事だ。私ひとりになって仕事が追いつくはずもなく、途方にくれる日々を過ごしていた。

 そんな中、どうにかしてこの現状を変えたいと考えた結果が、農家でありながらキムチ屋になるという選択だった。

 妻は朝鮮にルーツをもつ中国人だ。結婚してから、中国や韓国に行くたびに義母が漬けたキムチを持ち帰ってきた。お土産としてそのキムチを知り合いに配ると、その誰もが「美味しい」と言ってくれた。そのくらい義母のキムチは絶品なのだ。

 子どもが生まれてからも、0歳の時はもちろん妻が付きっきり、1歳で保育園に入れるものの、初めての集団生活で人が大好きな息子はたくさんの菌ももらってきて、半分は保育園を休んでいた。

 「保育園に入れば畑に出れるはず」と思っていた私たち夫婦の思惑は見事にはずれ、うまくいかない自分たちに苛立ち、八つ当たりと八つ当たりがぶつかり合い、十六つ当たりというあり得ないくらいのぶつかり合いを繰り広げる毎日が続いた。あの頃のぶつかりようは、相撲部屋のぶつかり稽古に比べものにならなかったくらいである。相撲部屋に入門していれば今頃は横綱になれていたかもしれない。

 そんな中、母のキムチを食べがら、私たちの今までを振り返ってみた。

白菜、作ってるよね。(で?)
大根、作ってるよね。(だから何?)
ニラ、作ってるよね。(ま、まさか…)
玉ねぎ、作ってるよね。(ドキドキ…)
梨、作ってるよね。(あっ!!)

これ(キムチ)作れるじゃん!!

 「これをやったら儲かるよ」という農産物は、言われるがままに全てやってきた私たちだったが、それらは1年でやめて残った農産物は、全て私たちが食べたいものばかりだった。

 つまりは、「やりたくないことはやらない」と決めた私たちに残ったものは、全てキムチの材料だったのだ。

 人生は何が起こるかわからないものだ。どうせ何が起こるかわからないのであれば、「やりたくないことはやらない」選択をした方が良いのかもしれない。